運命は1本の糸

 

 

浮世離れ推進委員会のマルコフィ・マルコです。

 

 

昨年なんとなく思ったことを書きます

浮世離れ度

90%くらいの話になりますので

軽く聞き流してください

 

 

 

 

「運命は決まっているか否か」

それを人に問うと

 

運命は自分で作り

切り開くものだとか

 

目の前に選択肢があって

たどり着く場所は一緒だと思う

 

大抵そんなふうな答えが返ってきます

 

 

 

では

「寿命は決まっていますか?」

 

そう問うと

殆どの人が

決まってると思うと答えます

 

 

 

 

 

わたしは

運命も寿命もすべて決まっていると思うのです

それも事細かに

今日どういう思いで

どういった動きをするかとかまで細かく。

何回トイレに行くとかも。笑

 

 

 

なぜなら

もしも寿命が決まってるとするなら

そこまでたどり着くためには

事細かな行動の積み重ねが

必要だと思ったからです

 

 

 

例えば九死に一生を得た人の話を聞くと

ほんの数秒の違いで

事故を免れたとか

そういう話も聞きますよね

 

そのほんの数秒に至るまでの過程も

逆算して

運命で決まっていなければ

そこにはたどり着かない…

 

だから

事細かなところまで

運命は決まってるとわたしは思ったのです

 

 

 

 

人生は常にいろいろな選択をして

進んでいってるように思いますが

その時選ぶ選択さえも

最初から運命で決まってると思うのです

 

となれば

運命の道を選択しているのは

自分の意志のように思っていますが

そうではなくて

無意識な力が働いているというか…

 

 

じゃぁ、全て運命で決まってるなら

努力も何もしなくていいのか

ってなるかもしれませんが

そうではありません

 

 

努力する人

しない人も

運命で決まってるから(笑)

そこで努力しよう!と思う人もいれば

あきらめてしまう人もいるということだけです

 

 

 

 

出会いは必然という言葉もありますが

運命で決まっているから

必然なのですよね

 

不可抗力

 

 

そういうことになります

 

 

 

 

 

で、

何が言いたいかというと

運命が決まっているのだから

 

無駄に悩むな!

 

ということです。

 

 

言い方を変えれば

 

受け入れろ!

 

又は

 

罪悪感を持つな!とか

 

 

さらに(笑)

 

 

自信を持て!

 

とも言えます。

 

 

これは過去の自分に

足りなかったことです

 

 

 

 

 

 

 

わたしが今思う

運命とは

 

いかだに乗った自分が

川の流れに身を任せて流れている

といったようなイメージです

源流が生まれた赤ちゃんの時で

時には急流もあるでしょう

時には滝もあったでしょうか

ワニもいたかもしれません(笑)

 

 

そこで怖いからとか

流れに逆らうと

めちゃくちゃ無駄にエネルギーを使うし

苦しくなるし

いいことない

 

 

でもそれも運命で決まってるので

無駄ではなくて必要だから

起きていることと認める

 

 

そうすれば

また穏やかな流れの中に戻れる

 

 

そして振り返ってみると

そこには1本の糸しかない

そして目の前にも

目に見えない

1本の糸が伸びている・・・

 

 

 

 

たくさんの選択肢があったはずなのに

道は1本しかなかった

回り道など何ひとつなかった

だからすべては

なるようにしかならない

なるようになってる!

 

 

 

 

それが今の時点で

わたしの思う運命なのです

 

 

 

 

 

楽な生き方を模索していた時

思いついたことです

 

 

 

正解は

どこにもありません

 

 

が、

数段

楽に生きれるように

なってきています

 

 

 

参考にならないかもしれないけど

参考までに!笑